考える

【大相撲】女性が土俵に上がった問題について。反論する意見があってもいいと思う。

大相撲の春巡業で、土俵上の市長が倒れて、女性の看護師が救命処置のため土俵に上がった際に、

女性は土俵から下りるようにアナウンスした相撲協会の対応について批判が出ています。

さらに事後的に土俵に、大量の塩が撒かれたことにも批判が相次いでいます。

人命救急よりも、女人禁制が優先されるのか?と、海外メディアでも話題に上がるほどです。

この問題を考えてみたいと思います。

相撲は女人禁制

相撲というのはもともと神事で、女人禁制を前提に儀式として執り行われてきました。

女人禁制とされている理由は諸説ありますが、宗教的な儀式においては女性は穢れているという概念が根底にあるため、こういった伝統になっていると言われています。

 

男性社会の中で、神聖とされる場所は、男性が本気でぶつかり合うところ。

だからこそ、男性を惑わす女性の存在は避けられているということだと思います。

これがいいか悪いかは、考え方によるので、ここでは一旦置いておきます。

 

相撲の世界では、この伝統を受け継いで、現在まで相撲は女人禁制を徹底してきたのです。

女人禁制の場所、男子禁制の場所

沖ノ島などが有名ですが、日本には多数の女人禁制の場所があります。

寺社仏閣や信仰の地とされている場所が大半で、やはり宗教的な意味合いから女人禁制となっていると考えられます。

海外でもアトス山などは、女人禁制の場所として有名です。

 

逆に男子禁制の場所もあります。

沖縄の久高島にあるフボー御嶽(うぷうがみ)という場所です。こちらも宗教的な意味合いで男子禁制となっています(今はそもそも立ち入り禁止になっているそうです)

 

相撲協会の対応に対する意見

さて、今回の問題。

人命救助のために女性が女人禁制である土俵に上がったという問題です。

突き詰めると、問題はこの1点に集約されます。

 

「女人禁制の伝統は、人命よりも尊いのか?」

 

そして、報道で見かける多くは、人命の方が尊いので女人禁制を徹底するのはおかしいという意見です。

今の時代の感覚でいうと、そりゃそうだ、ということになります。

逆の意見もあってもいい

私も感覚的には、人命救助の方が優先されるべきだろうと思っています。

でも、逆の意見、「女人禁制の方が人命よりも尊い」という意見もあってもいいと思うんです。

 

多様性、ダーバーシティと言われて久しい世の中ですが、

人命は何よりも尊いという価値観だけは、多様性が認められていません。

ひょっとしたら、相撲が女人禁制を徹底することで、人命救助よりも女人禁制を優先することで、

相撲の価値、意味合いがもっと崇高なものに昇華されたかもしれないとも思うんです。

 

人命が大事なのは感覚としては正しい。

でも、それよりも大事な価値があると考える人がいた場合にも、この価値観を押し付けていいのか

これは非常に難しい問題です。

 

究極に突き詰めるとテロリストの価値観に繋がるからです。

 

でも、本気でそう信じている人がいるのも世界なのです。

今回の議論

今回の議論で思うことは、人命が伝統よりも重要という価値観が正しく、

それから外れた行動をとった人を攻めることではなく、

伝統の方が人命よりも重要という価値観も存在すること、

それについてどう考えるべきなのか?を議論することだと思います。

 

もちろん答えはないです。

 

簡単な結論で、ワンサイドに誰かを攻めることは簡単です。

でも、もう一段上からの議論をすることが、より多様な価値観を受け入れ、共存するための入り口だと考えています。

最後に

相撲の女人禁制の議論は、この問題そのものではなく、議論の構造を考える良いキッカケになると思います。

女性天皇、女系天皇の議論も同じです。

伝統だから、時代の価値観だからというワンサイドな議論ではなく、もう一段上から見て我々が何を考えて、何を重視しているのか、どんな考え方の人がいるのか、もう少し深い議論をしていく必要があるのではないでしょうか。

 

そんなことを思いながら、ワンサイドから女性が土俵に上がれないのがおかしいと呟く人たちを見て思うのです。